2017・待つ/インタビュー:塚本幸男
塚本幸男 馬の足から王様まで
塚本幸男 ”花飾りも帯もない氷山よ”
<photo 宮川舞子>
塚本幸男が『2017・待つ』でやることにした作品『花飾りも帯もない氷山よ』は、ニナガワ・スタジオ時代に一度やったことがあるものだった。
「蜷川さんに、これをやってと頼まれたんですよ。武井っていう俳優の芝居を見たくて、その相手役はおれがいいんじゃないかと思ったのかもしれなくて。今回、ぼくは“あいつ”をやっていますが、当時は“男”のほうをやりました。評価としては『おまえたちが熱いってことだけはよくわかった』って。あと、おれが白髪に染めたら『おまえは染めなくても十分年取って見える』と言われました(笑)。蜷川さんが言うには、映像と違って舞台では、ほんとのおじいさんがおじいさんをやるよりも、若いやつが擬態でやったほうがリアルに見えることがあるんだって。『海辺のカフカ』の猫も、それに近い考え方なのかな。猫の特徴をつかまえるっていうようなね」
「リアリズムだよ」と蜷川に言われ、わざわざ猫を飼ってまで猫の仕草を追求した塚本。その猫は海外でも評価された。塚本は、特徴を捉える能力を生かして、“馬の足”もよく担当していた。ふたりの俳優が前足と後ろ足を担当し、馬の胴体をかぶって演じる。これには、ベテランと組ませることで若い俳優に教育する目的があったようだ。
「馬の歩き方も徹底的に研究をしましたよ。そういうことに手を抜いちゃダメなんですよ。常に誠実に。それは蜷川さんに教わったことですね。蜷川さん、 言ってた、 『おれは職人のほうが好きだ』って。頑ななまでに何かをやり通すことを大事にした人だったと思います」
(写真 仲野慶吾)
スタジオ時代、ひとりで稽古をしていたら、蜷川がたまたま稽古場に入ってきて、雑談する流れで「そうなんだよなあ、稽古するしか道は開けないんだよなあ……」と言っていたことが印象に残っていると塚本はしみじみする。
「スタジオをはじめた頃の蜷川さんは、商業演劇の大作をやっていたけれど、もっと違う表現を求めていた時期だと思うんですね。転機になった 『夏の夜の夢』 は、ほかでやる予定だったのが、急遽ベニサンでやることになって。スタジオのメンバーたちが協力していた。ぼくらは稽古場を見学する代わりに、小道具のバラの花を作りました」
スタジオのひとたちは基本的に真面目だ。実直と言ってもいい、ギリシャで公演した『オイディプス王』(04年)でコロスを演じていた塚本は、舞台上に余計なものが落ちたのをさっさっと拾ってはけていって、初日の緊張のなかでも冷静さを発揮していたが(意外とそのままになっている作品もあるので)、「そういうことを怠らないと、演劇教育がしっかりできてると思われると蜷川さんに言われてきた」そうだ。
蜷川は、塚本に、職人芸のような猫や馬の足をやらせる一方で『リチャード三世』では王様役に抜擢する。それはまるで、馬の足と王様が、あるとき反転する可能性のある、人生の面白さを感じさせてくれて、塚本もそれに応え、いろいろな役を演じてきた。だが、今回の『花飾り~』の“あいつ”はこれまでやったことのない役だ。
「どんどん変わっていく役をあまりやったことなくて。あの役ね、かつて、松本典子さんが演じているんですよ。その松本さんの演技を考えながらやったり、 あと、 清水邦夫さんの台本といえば、『タンゴ・冬の終わりに』の平幹二朗さんを思い浮かべたりします。あんなすごい演技はとてもできないけれど、こういうときは、平さんのあの動き、こういうときは松本さんのあの動きをやってみようと考えながらやらせていただいています。やっていると、ああ、平さんも松本さんも亡くなったんだなあ……と改めて感じますね。それから、清水さんの難しい本を、蜷川さんはよく演出したよなあとも改めて感心します。 活字でみると、これどうやるんだよ? って思うような台本を、蜷川さんが立体化すると、エネルギーが轟音を立てて観客席に届くんだから、ほんとうに凄いですよね」
『12人の怒れる男』は、14年前と同じ10号役を演じる。
「役を決めるときに、ぼくが7号で、新川(將人)が10号はどうだ? という案もあって、とりあえず、交互に読んだけれど、まわりがやっぱり10号がいいって言うから。基本的に10号はバカなんですよ。そのバカな役が合っているとふられるのもどうかなって思うし(笑)、新しい挑戦をしたいと思ったけれど、今回は、みんなの意見に従いました。でも10号は10号で、新しいことを見つけられましたよ。なんて言うか、角度が違うというのかな、若い頃に感じられなかったことがいまならよくわかる。例えば、12人が話し合いをしているときに、それぞれの思惑があるわけで、若いときには相手の真意がわからないこともあったけれど、いまだと、そんなんじゃ騙されねえぞ、みたいなこととかありますよ。ふつうに読んでいたセリフの裏を読めるようになりました」
30年近く、蜷川のところにいて、葛藤がなかったといえば嘘になると言った。
「蜷川さんの舞台で小さい役ばかりずっとやることにも限界があるなと思ったり、いろんなところでいろんな芝居をやってみたいと思ったりしたこともあったけれど、10年くらい前からかなあ、やっぱり、蜷川さんに恩を感じていたから、 いまさら辞めるってことは考えられなくなっていましたね」
舞台と舞台の合間に、別の仕事を入れながら続けてきた。その仕事道具が、『花飾り~』の小道具として使用されている。
「少なくともあと7、8年はがんばりぬかないといけないし、引きずらず、気持ちを切り替えてと思うけれど、無理! 無理! だって、28年間も、芝居はああでこうで……って叩き込まれてきたんだから。それはもう生涯抜けないでしょうね」
その叩き込まれたものは何かと聞くとーー。
「徹底してものをつくること、考え抜くってことじゃないかな」
取材・文/木俣冬
デザイン/田淵英奈