2017・待つ/インタビュー:岡田正

岡田正  蜷川ロミジュリの乳母を極めた

岡田正 ”逆に14歳”

<photo  仲野慶吾>


 『2017・待つ』で岡田正は、前からやってみたかったと小説『逆に14歳』(前田司郎の小説)を短い台本にまとめた。ここでおじいちゃんを生き生きと演じている岡田は、蜷川幸雄の舞台では主におばちゃん役が多く、『戦場のピクニック』では女性言葉の役で、その得意技を見せている。


  このサイトで行った9人の俳優の座談会でも、エチュードでやった岡田の女性役を、皆口々に傑作と褒めていた。飯田邦博と組んでジュネの『女中たち』をやったこともある。


 岡田がはじめて蜷川の芝居で女性を演じたのは『卒塔婆小町』だった。老婆(小町)と詩人の出会う公園にいる恋人たちの女性役だ。
「『卒塔婆小町』で、太った女がいいってジイさん(蜷川さんのこと)がふいに言ったんですよ。もともと、『王女メディア』で平幹二朗さんが女性を演じたとき、コロスも “少女コロス” という名目で募集していたから、 蜷川さんの舞台では、 男が女性を演じることに違和感はなかったです。 ただ、ぼく自身は 『王女メディア』には出てないんですよ。その当時ぼくは『王女メディア』はやるものじゃなくて観るものだと言い張って(笑)。『卒塔婆~』では、『いやねえ、あの方の』って言い方をジイさんに面白がってもらいました(笑)。蜷川さんのところでなければ、このキャラでおばさん役なんてやらせてもらえなかったと思います(笑)」


 岡田はニナガワ・スタジオの第三期。スタジオに入ったきっかけは『タンゴ・冬の終わりに』の幻の観客役に応募したことだった。
「蜷川幸雄の演出を受けられると思って応募したら、顔合わせのあとで、2ヶ月拘束でギャラ2万円と言われて絶句しましたよ(笑)。でも、せっかくのチャンスだと思って残って。そのとき、スタジオのオーディションがあって、ぼくはつかこうへいさんの『ヒモのはなし』をやって合格したんです。スタジオの中では劣等生だったと思いますよ。しょっちゅう怒られていましたから」
 でも辞めずに続けた結果、こんなことも。

「後にシアターコクーンで『タンゴ~』をやったとき、かつて不破万作さんがやった憧れの役(西斐太)ができてとても嬉しかったです」


 蜷川が彩の国芸術劇場でシェイクスピアシリーズを行うようになり、その目玉企画のひとつとして「オールメール・シリーズ」(シェイクスピアの時代のやり方にならって出演者が全員男性)をはじめると、岡田は、女性役で人気を博していった。
「ジイさんには、肉(太ってみえるように衣裳に下にかさを増やすこと)つけろ、肉つけろ、スカートはけ、『おほほ』って笑えとかばかり言われてました(笑)」と言うように、岡田はいつも、外見はたっぷりふくよかで、でも性分はシニカルで、場をテキパキ仕切る“おばちゃん”キャラを演じて場を和ませてきた(今回の『待つ』の『12人の怒れる男』は男性役だが、仕切る役割だ)。当人も「侍女役者です」とおどけるが、実のところ重要な役割を担わされていたのだ。
「 アイドルが女装したら、 都心から遠いさい芸にお客さんが来ると 蜷川さんは考えたんですよね。古典劇に慣れないアイドルを支えるために、脇役はしっかり芝居をしないといけなかった。例えば『ロミオとジュリエット』 (14年) でぼくは乳母をやらせてもらいましたが、 “蜷川幸雄のロミジュリにおける乳母の集大成”と劇評に書いてもらったんですよ。初演が山谷初男さん、次に片桐はいりさん、それから梅沢昌代さんで、四代目がぼく。男がやったことで、いちばん印象に残る乳母になったって劇評で褒めてもらえたんです。ジュリエット役はクールな月川悠貴が「静」を担当してくれたので、ぼくが“動”になって動き回ってメリハリをつけた。そういうところを、ジイさんに信頼して任せてもらっていたのだと思います。『ヴェニスの商人』(13年)の侍女役もジイさんが呼んでくれました」


 スタジオの俳優のなかには、 清家栄一のようにほぼ蜷川の舞台だけに絞っている俳優もいるが、岡田は元スタジオ所属の鈴木裕美率いる自転車キンクリートにも所属して、ほかの芝居にも出ていた。
「でも、蜷川さんが何年か前に倒れて以降は、できるだけ蜷川さんの舞台を優先しようと心がけていました。恩返しだと思って」
 岡田はこうも言う。
「僻みに聞こえるかもしれませんが、蜷川さんが亡くなったとき、世間は、蜷川さんが育てたスター俳優や、さいたまゴールド・シアターやネクスト・シアターを取り上げたけれど、いえいえ、支えてきたのは俺たちだよっていう自負がどこかであって。ジイさんのことわかっているのはおれたちスタジオのメンバーだよなあって(笑)。そういう思いもあって、もう一度『待つ』をやりたかったですね」
 長年、一緒にやってきたという思いが岡田を駆り立てた。さらに、「自分がこれまでやってきたことと、これからやりたいことを自分で確認したい」という思いもある。


「蜷川イズムをもった俳優が集まって公演をやった後、このまま留まる人もいれば、前に進む人もいるでしょう。とにかく、今、現在のそれぞれのせいいっぱいをぶつけるつもりです。だからこそ前向きに、『逆に14歳』では新しい役——おばちゃんではなく、おじいちゃんの役に挑戦したわけです。これからは、おじいちゃん役とおばあちゃん役をやっていきたいですね(笑)」

(写真/宮川舞子) “逆に14歳”より)

 蜷川イズムとは何か? と聞くとーー。
「ジイさんがよく使っていた言葉は“清潔感”。芝居に対して決して手を抜かない。自分のセリフがないとき、舞台上で休んでいる役者がたまにいるでしょう。そういうのを“エコ役者”って呼ぶけれど、蜷川さんの舞台ではそれは絶対許されなかった。隅々のどこを観ても休んでいる人がいない。それを蜷川さんの舞台で一番学んできました。あと、絶対に自信をもたないことですね。常に、自分にクエスチョンを突きつける。それが蜷川イズムですね」


取材・文/木俣冬
デザイン/田淵英奈