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インタビュー

原田保 2005→2006

このサイトを作るにあたり、2005年5月のシアターコクーン『メディア』のプログラムで取材した記事を再録させて頂けないかとお願いしたところ「その後、たくさんの仕事をしてきているから、前の話の再録は了承できない」と原田保はキッパリ言った。それから付け加えた。「ネットなら文字数の制限もないでしょう」と。自分の仕事に対する誇りと、他者に対してもゆるい仕事は許さない厳しさと、とりつくしまを残してくれる優しさのある回答だった。
そこで今回は、前回の取材以降の『オレステス』までの話を聞いた。


tamotsu harada


[プロフィール]

1971年より吉井澄雄、沢田祐二に師事。84年照明デザイナーとして独立。以後、演劇、オペラ、ミュージカル、コンサートなど様々な舞台に携わる。『近代能楽集』『NINAGAWA十二夜』『天保十二年のシェイクスピア』『間違いの喜劇』『タイタス・アンドロニカス』『あわれ彼女は娼婦』『オレステス』『タンゴ・冬の終わりに』等、多くの蜷川演出作品の他、宮本亜門演出『キャンディード』、いのうえひでのり演出『SHIROH』『吉原御免状』『メタル・マクベス』、ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出『スラップスティックス』『カメレオンズ・リップ』『労働者M』、加藤直演出 オペラ『モモ』、二期会オペレッタ『こうもり』、鈴木勝秀演出『ラスト・ファイブ・イヤーズ』鈴木裕美『フロッグとトート』など多数を手掛ける。

詳細は 所属会社CATのサイトをご覧ください。





 

 05年5月『メディア』(Bunkamura)のパンフレットで蜷川幸雄の出会いから『KITCHEN』(5月Bunkamura)までの話を聞いた。その後は『メディア』『NINAGAWA十二夜』『天保十二年のシェイクスピア』『間違いの喜劇』『タイタス・アンドロニカス』『白夜の女騎士〈ワルキューレ〉』『あわれ彼女は娼婦』『オレステス』『タンゴ・冬の終わりに』と、蜷川と組んだ原田の仕事はあっという間に増えた(その他の演出家との作品もかなりの数に及ぶ)。再録では不足と思うのも無理はない。
「『メディア』(05年Bunkamura)は、かなり緻密につくりました。たとえば、乳母が舞台の一番前で冒頭の台詞を語りだすシーンがあります。彼女の前方は客席で水はないのに、まるで水の中にいるように、顔に水鏡が映るようにしました。『メディア』は舞台一面が水。まわりはすべて水鏡が映っているので彼女にも映って当然のようだけど、実はホンモノとニセモノの水鏡が混在していたんです。残念ながら、そこを誰かに指摘されたことは一回もなかったですが……」

 どこに照明を置いたのか聞くと、「照明のアイデアと機材の選択は企業秘密です。」とニヤリと笑った。

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[名もなき存在に光りを当てる]

 

 水に照明が反射して壁面に波紋を映した舞台は、幻想的で美しかった。他に、『メディア』では、水の中から生えている無数の蓮の花にも全部照明が当たり、それぞれが命の輝きのように見えたものだ
「蓮に全部サス(サスペンションライト)が当たるのは、蜷川さんと僕ら間では当たり前のことなんですよ。『零れる果実』(96年bunkamura)の時も、舞台上に点在している30個くらいの林檎のひとつひとつに全部当てました。『ロミオとジュリエット』(04年ホリプロ)では、舞台美術が一面無数の若者たちの顔写真だった。その時も、これは目がポイントなんだろうなぁと思って、ひとりひとりの目に照明を当てたんです。芝居の中で演出上のメタファーがあるものにはどんなに小さいものでも際立たせるために照明を当てる。映像はカット割りや編集でそれをやってくれるけど舞台でそれをするとしたら照明の役割です。ビジュアルの具体性っていうことですね」

 蜷川演出ではたくさんの群集がよく登場して、それが観客ひいては時代の投影だったりする。蓮や林檎や顔写真という不特定多数のものにも、原田の照明によって生命が立ち上る。それは蜷川の意志でもあるのだろう。
 ひとつひとつに当てるというのは口で言うのは簡単だが、実際やるとなったら繊細な行為。技術的にも手間がかかる。

「『あわれ彼女は娼婦』(06年Bunkamura)で、舞台中に吊された赤い紐。あれを一本一本照らすには、紐のすぐ前にスポットを吊るんです。そのために金井大道具の伊東明義さんに無理をしてもらって、紐当て専用の照明バトンを仮設してもらいました。サスからだとどうしても床が明るくなりすぎてしまって全体のバランスがくずれてしまうので本当は床下から当てるのがベストだけれども現実的ではなかった。」

 モノトーンな装置に緋色の紐がくっきりと映えるには角度が決め手、照明はアイデアに沿った機材の選択と、的確な角度。最近では、『オレステス』(06年ホリプロ)の雨が、長年の技術の積み重ねの賜だ。『あわれ〜』の紐と考え方は同じだが、当てる角度は反対だという。透明な水はその輪郭を明確に見せるのは難しい。が、原田の照明は、登場人物の体に容赦なく降りかかる雨を幾千の矢のように、鋭く強烈に浮き上がらせた。
「雨を当てるだけではなくて、雨がない時にどうするかも重要です。晴れた時は壁を白くしました。雨が当てるために相当明るくしているので、雨がなくなった途端、その照明が消えて全体が暗くなるのは、リアルに見えない。それをどう解決するかを考えて、雨があがったら壁面の明度が上がっていくようにしたんです。日が差してきたっていう発想ですね」
 壁面の照明には苦心した。

「安藤忠雄の建築のような現代的なセットが、この舞台のポイント。だから、壁面は微妙に波打っているので、そのニュアンスを出したかった。まっとうに当てるとそれが出なくなってしまうんですよ。やはりアイデアに沿った機材の選択と的確な角度が必要です。」

 

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[演出家の意図を照らし出す]

 

 安藤忠雄ふうの美術を提案したのは、蜷川。原田は演出意図を最大限に照明で再現しようと試みる。
「『オレステス』の館の扉の×印、冒頭で何色に見えた?」と逆に質問する。
「黄色。なんで黄色いんだろう?って気になっていたんですよ」

「殺人現場の立ち入り禁止のテープって黄色と黒でしょう。そのイメージなんですよ、現代の殺人現場が封鎖されているっていう…(物語はオレステスが実母を殺害しているところからはじまる)」


 終わらない復讐の連鎖を描いている『オレステス』はラストに、現代の紛争が行われている国の国家と国旗(レバノン、イスラエル、イラク、アメリカ)が客席上部からばらまかれ、古代ギリシャと現代が一気に重なるという仕掛けだったが、実は最初から現代と通じていたのだった。
「そもそも装置が現代的なんだから、演出家は最初から現代の物語として見ることができるように作っていたと思いますよ。僕はその意図に添って×を黄色で照らしたんです」


『タイタス・アンドロニカス』の冒頭も、蜷川の意図した“白”を生かすために、仕掛けをした。
「演出家が装置のイメージに、カピトリーノの狼像(舞台となるローマの象徴)から浮かんだ石膏の白を要求した時、その色を生かすためにどうするかを考えました。最初に、俳優達が稽古をしているという演出が加わっているから、その時から、石膏の白が見えていたらつまらない。芝居の準備をしている時は、違う白。方眼が書いてある工作用紙のイメージで、舞台に方眼を投射して、紙でできている感じを出したんです。これは作り物なんだよっていうイメージですね。で、はじまりのキューが出たら、一気に石膏の白に変える」


『タイタス〜』で蜷川は、日本人が外国人を演じる羞恥心を表すためにも、冒頭で、“これは演じているんです”という演出を加えたと言っていた。ボール紙で作った箱の中で俳優が演じているという感じは、まさに作り物の印象を与える。

「あの時のキューは好きなキュー。ずっと何気なく白だなぁと思って見ていた舞台の色が一気に真っ白になって、お!となるでしょう。ざまあみろっていう…。」と愉快そうに思い出し笑いをした。

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[演出、美術、照明が溶け合う]

 

 白い舞台に映った方眼紙の罫線は美術の領域と感じる人もいるだろう。森の中の木漏れ日の影も、舞台を見ていて、どこまでが演出なのか、美術なのか、照明なのか、それぞれの範疇が判然としない。そこが総合芸術の所以なのか。
『天保十二年のシェイクスピア』(04年Bunkamura)では、イギリスのグローブ座を模したセットだったので、屋根もついていて、照明を吊る場所が制限された。

「天井が塞がれちゃったから、後ろから当てるようにしました。セットプランの打ち合わせの時、(中越)司が気を使って、“照明用に天井開けましょうか”って言ってくれたけど、しなくていいよって自分のクビを締めるようなことを言ってしまった(笑)。その代わり、後ろや脇に、すき間を空けてほしいと、その幅を指示させてもらったんです」


 幕兵衛と妻のシーン(マクベスとマクベス夫人の“眠りを殺した”という名シーンに重なる部分)の、家のすき間からのぞく外の嵐の明かりなどは、不穏な雰囲気を盛り上げた。
「苦労したのは地下室の場面。地下室って基本的に暗闇で、すき間から光が入るのも少ない。でも、あの場面では金貨が重要で、光りがないと金貨が目立たない。蜷川さんが俳優にロウソクをもたせてくれて助かりました」


 舞台稽古で気づいて直していくことも多々ある。舞台稽古で変更になることも。『間違いの喜劇』(06年彩の国さいたま芸術劇場)の時は、舞台稽古で、演出プランが変更になり、猥雑感を出したいという蜷川の希望に沿って、原田は、客席に小さな電球をつり下げた。
「鏡を使った装置だし、鏡にうつりこまなきゃ意味はないと思って。猥雑感と言われて、赤や黄色いのサーカスの照明みたいなものを考える照明家もいると思う。でも、明かりの質をあまり変えると、喜劇を演じる俳優の透明感がなくなる。透明感をもっていて、なおかつある猥雑さをと思うと、裸電球だったんです」


 長年蜷川と供に働いているからこその判断だ。が、時には蜷川に却下されることもある。
「『白夜の女騎士』のラストで少年が飛翔する場面では、僕は青い照明を考えていたんです。『ブレードランナー』の青空をイメージして。でも、蜷川さんは赤で行きたいと言った。闘争の果てに空を飛んで脱出したものの、実は地上はまだ地獄だよって。戦争はあちこちで起こっているし…っていう意味ですよね」


「芝居の中に照明が上品に溶け込んでいますよね」と言ったら、「そんなに上品じゃないし。違和感は採り入れていると思うよ」と否定しつつも、初歌舞伎照明となった『NINAGAWA十二夜』では、通常の歌舞伎照明機材ではなく、ムービングを使ったにも関わらず、違和感なく歌舞伎の青白(※歌舞伎の照明の基本的なもので、舞台上にあるものがフラットに見える)世界に馴染ませることができたと思うと振り返った。
 明かりは、時に自然に世界に馴染み、時には論理的に世界を解説する。
 プランナーとして蜷川の作品に始めて関わったファッションショーの仕事が83年。その一年後の84年。ニナガワ・スタジオ(GEK-ISHA NINAGAWA STUDIO)の活動がはじまった。原田はそこの一員となって、実験を行い、商業公演にもノウハウをフィードバックしていった(詳細は再録参照)。

「スタジオの照明はノーギャラだったけど、絶対誰にも譲りたくなかった」


と言うが、昨今はめっきりスタジオ公演が行われていない。商業公演が続くが、蜷川との仕事はやっぱり絶対譲れないのではないだろうか?
「すっごくいい仕事したなって思った時に、これで終わりにしたいなって思うこともあるんですよ(笑)。でも、71歳の蜷川さんがまだまだ走り続ける以上は頑張らないといけないと思います。そういえば、クリント・イーストウッドは76歳、なんというヴァイタリティーなんでしょうか」
 
 作品ごとに永遠にこのインタビューも続きますよ、と言ったら、困った顔をしたが、イヤだとは言わないでくれた。


                         (2006年10月取材)

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◇次回は『タンゴ・冬の終わりに』について伺います。


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